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語録 101

 いわゆる「内なる」人間という考えは、特に、そのような疑う余地のない経験に基づくものである。すなわち、内なる人間は、この世において死すべき被い(肉体)に包まれて生きているが、十分に成長をとげれば、この被いを越えて生きるように、すでにこの地上で予定されているという思想である。この前提が正しいものとして認められるならば、多くの問題、たとえば不死の問題それ自体とか、キリストの復活とか、その他自分の生涯における、また特に内面的傾向の強い人々の生涯における、説明しがたい多くの出来事が、ほとんど無理なく説明される。しかしこの前提は、すでに人間の神秘的領域に深くふみ込んでいる問題であって、常に警戒を怠ってはならない。(『幸福論Ⅲ』41頁)
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